遺伝子組み替え訴訟:カナダ農家、最高裁でもモンサント社に敗訴

農地に遺伝子組み換え作物が混入したとして、大手バイオ企業の米モンサント社から訴えられていた73歳の農場主、パーシー・シュマイザー氏に対して、カナダ最高裁判所は敗訴を言い渡した。最高裁は、モンサント社側の主張を認めるいっぽうで、損害賠償と訴訟費用として同社が求めていた総額20万ドルの請求は却下した。

Kristen Philipkoski 2004年05月24日

カナダ最高裁判所は21日(米国時間)、農業ビジネス大手の米モンサント社が、自社が特許を保有する遺伝子組み替えカノーラ[食用油をとる菜種の一種]の種を自分の畑に蒔いたとされる農家に対して起こした訴訟で、原告側の訴えを認める判決を僅差で下した。

最高裁は5対4の賛成多数で、原告のモンサント社の主張を支持した。同社が、サスカチェワン州サスカトゥーン近郊に農地を持つパーシー・シュマイザー氏(73歳)を提訴したのは1997年だった。同社調査員が、自社で特許を保有する遺伝子を持つカノーラを、シュマイザー氏の農地で発見したのが発端となっている。シュマイザー氏は自分の農地に風で飛ばされてきた種が気づかないうちに交雑したのだと一貫して主張してきた。しかし最高裁は原告側の主張、シュマイザー氏がモンサント社の種を盗用したという主張を支持した。

敗訴したものの、シュマイザー氏は個人的には勝利だと述べている。最高裁が今回、同氏は種から利益を得ていないという判断もあわせて下したからだという。シュマイザー氏は、訴訟費用と種から得た利益としてモンサント社から20万ドルを請求されていたが、これを払う必要はない。

シュマイザー氏は21日午前の記者会見で次のように述べている。「訴訟費用や利益についてモンサント社の訴えが退けられたので、個人的には勝利に終ったと考えている。私は大局的に物事を見るタイプだ。求めていたとおりの勝利ではないが、私と妻はこの判決を得るまでにあらゆる手を尽くした。私にとっては勝利だ」

モンサント社からは今のところコメントが得られていない。

シュマイザー氏とカナダ人評議会カナダ農民組合をはじめとする支持者たちは、判決には今回の訴訟以上の意味があると述べている。問題の核心は、毎年採取した種を使う農家の権利が問われていることだという。シュマイザー氏が訴えられたのも、モンサント社が特許を保有する種を、自分が栽培していた他の種といっしょに採取して蒔いたからだ。

シュマイザー氏は、遺伝子組み換え作物の種を蒔く気は、まったくなかったとしている。近所の作物の種が自分の畑に飛んできたのであって、モンサント社の技術で利益を得るどころか、50年間栽培してきた作物の種が汚染されて台無しだ、とシュマイザー氏は主張している。

さらに、この種の恩恵は、種が耐性を持っているモンサント社の除草剤『ラウンドアップ』を散布してはじめて享受できるものだ。シュマイザー氏は、ラウンドアップを散布したことは一度もないと述べている。

しかし、下級裁判所の法廷は、特許作物の種を植えたことをシュマイザー氏が、「知っていたか、あるいは知っておくべきだった」という判断を下している。シュマイザー氏は、特許作物が存在するということを当時は知らなかったと主張したが、最高裁は下級裁判所の判決を支持した。

モンサント社は、種が欲しくなかったのなら、シュマイザー氏は同社に除去を求めるべきだったと主張した。『ランドアップ・レディー』品種のカノーラなどの、遺伝子組み換え作物が不要ならば、無料で除去すると同社は述べている。しかし農家と農学者側は、遺伝子組み換えの種が作物に混入してしまったら、農地全体を掘りかえすしか方法がないと反論している。

(植物などの)「高度に進化した生物」について特許を取得することが可能かどうかという問題も争点になった。これまで、高度な生物の特許取得は、カナダの法律で禁じられていた。しかしこの禁止法は、遺伝子組み換えの概念がなかった1世紀も前に制定された法だ。シュマイザー氏の支持者たちは、議会に法律の改訂を求めている。

「高等生物に関する特許取得を認めないというのが、本来の意図だった。今日、この意図が失われてしまった。最高裁が言っていることは、高等生物の特許を取る必要はない、遺伝子だけで十分で、それによって生物全体に支配権を持つことになるということに他ならない」とカナダ人評議会のナデージ・アダム氏は述べた。

カナダの最高裁は最近、「オンコマウス(OncoMouse)訴訟(日本語版記事)」の審理を行なっており、シュマイザー氏の支持派たちは、この訴訟が今回の判決に指針を与えてくれることを期待していた。最高裁はこの訴訟で、ハーバード大学の開発したオンコマウスに特許権は認められないとして、原告に不利な判決を下した。オンコマウスは、急速にガンを進行させるマウスで、ハーバード大学の科学者たちが17年間の研究を経て開発したものだが、最高裁は発明品とは認められないという考えを示していた。

21日の判決は、特許遺伝子を持つ作物に対するモンサント社の権利を認めており、オンコマウス訴訟の判決と矛盾しているように見えるかもしれない。少数派となった4人の裁判官は、モンサント社には植物全体に対して法的保護を受ける権利はないという見解を示した。

シュマイザー氏は、自分の闘いは終わったと述べているが、アダム氏は、農家から反発があるだろうとバイオ業界に警告している。

米国ではすでに、植物への特許権が認められている。しかし、全米農民組合の代表者は、21日の判例が他の諸国に前例を示すことになると嘆いている。

「支配欲と、究極の強欲さが問題の根本にある。今回の判決は残念ながら、農家が自家採種する権利を考慮していない偏った判決だと思う。これからは、抑圧の道具として使われることだろう。最高裁はまさに、数千年にわたって発達してきた種の全歴史を、組み替え遺伝子が不当に奪いとったと宣言しているのだ」と全米農民組合のテリー・ベーム副会長は語った。

[日本語版:矢倉美登里/湯田賢司]

WIRED NEWS 原文(English)